【方言「バリ」の真実】横浜銀蝿から博多の少年、そして北九州へと繋がった言葉のバトン、そして全国へ
福岡といえば「バリ(とても・すごい)」という言葉が有名です。ラーメンのバリカタってやつね。
今では「昔からある伝統的な博多弁」のように語られがちですが、実はその歴史はそこまで古くありません。昭和50年代(1980年代前半)、あるひとつの流行から一世代で全国区へと広がった「比較的新しい言葉」なのです。
ネットのWikipediaなどを見ると、「Veryの聞き間違い説」や「バリバリ働くの略説」などがもっともらしく並んでいますが、テレビの番組内で当事者たちの口から語られた本当のルーツは、全く異なるドラマチックなものでした。
ルーツは「横浜銀蝿」と「博多の少年」
すべての始まりは1981年(昭和56年)。当時大ブームを巻き起こしていたツッパリロックバンド「横浜銀蝿」の楽曲『龝徒毘璐薫'狼琉(かっとびロックンロール)』でした。
この歌に出てくる「バリバリ」というフレーズを真似して、大濠公園などでロックンロールを踊っていた博多の少年(※後の福岡吉本芸人「ザ・ローリングモンキー」カツキさんのお父様)が、「バリバリカッコいい」と使い始めたのが全ての始まりです。

福岡から北九州へ、そして全国へ
この博多の少年たちから始まった新しい言葉は、まず福岡の小学生たちのコミュニティで爆発的なブームになりました。
その後、言葉は生き物のように移動します。当時、僕の住んでた北九州の学校に福岡からやってきた転校生が「バリ〇〇」と使い始め、地元の小学生たちが「バリっなーん?、どういう意味?」と聞き合いながら、リアルな会話を通じて北九州の小学生達へと波及していきました。
大人たちが使っていなかったこの新語は、子供たちのバトンリレーによって北九州へ、そしてそこから一気に博多弁として全国へと広がっていったのです。
伝統的な方言のように見える言葉の裏には、「あの時代の音楽」と「子供たちのリアルな人間関係」が生み出した、生きたカルチャーの歴史が隠されています。
